本日、私の住む町では、祭りが行われた。浴衣祭りという、年に一度三日間にわたり行われる姫路市独自の祭りである。しかし、今年は、その祭りも二日間のみの開催となった。梅雨時で、雨の影響も少なからずあるのであろうが、ひとつ大きな理由として挙げられるのは、迷惑行為の多発である。
迷惑行為というものは様々なものが数えられる。花火はもちろん、大声で叫ぶなどの行為もまた、迷惑行為にされる。中でも最もひどいのが暴走族だ。
暴走族は、近年公式的な名称を「珍走団」とし、新規に加わるものを減らそうとしているようだ。
最近、活発なのが、徒歩暴走族、徒歩珍走団と呼ばれるものたちで、歩きながら自分達の組の名前を叫ぶという、既に暴走していないやはり珍走団としか呼べない集団も現れているようだ。もうこういったものたちを珍走団といわずしてなんと言おうか。恥じることはなはだしい。
そして、楽しみに来ている人たちにとって迷惑極まりないものである。暴走するなら人のいない山でして来い。それがイヤならばやめればいい。秩序を崩すものに自由を与えることが間違えている。弱者にばかり強い警官も、取り締まりを厳しくすべきだ。
私はこういったものがとても嫌いだ。偽善意識が強いからかもしれない。
しかし、許されるべきではないことは、誰もが理解しているだろうと思う。少なくとも、カッコイイと思って横行している珍走団以外は、だ。
さらに言えば、珍走団の横行を支持するもの、煽る者もすべて条例に違反しているとされる。つまり、そういった常識の無い者は片っ端から排除されていくということだ。
しかし、ここである問題が思い浮かんだ。
たとえば、アリで考えてみようと思う。
100匹のアリがいれば、そのうちの70〜80匹のアリはサボり、20匹程度のアリはまじめに働くという。その中から、サボりのアリを排除しても、また働きアリの中から分裂が生じるという。
つまり、人間に当てはめて見ると、実際にまじめにしている人は、8割かもしれない。しかし、その二割の不真面目を取り除くと、残りのまじめから、また二割の不真面目が発生するかもしれない。
どうしようもない、生物の習性であろうか、必ずそのようになるそうだという。
つまり、なんだかんだでバランスが保たれているとも考えられる。
しかし、そのバランスのために、8割の人間が迷惑を感じてもいいのだろうか。危険を感じてもいいのだろうか。そして、そのために怪我をする人間がいてもいいのだろうか。
どうも、そういう人間は、法を軽視する傾向にある。
法の厳しさを身をもって体感してほしいものだ。
チェーザレ:ロンブローゾの生来性犯罪人説ではないが、やはりそういう人間の価値観は、珍走団を貴く見るように思われる。
思考の時点での取り締まりは、憲法の良心の自由によって保護されているために不可能であるため、結成以前に潰すことは不可能である。
珍走団の消滅は、現段階では非常に難しい。しかし、行動に移している間こそ、最大のチャンスであるのだ。
私の価値観から見ると、法に背くものは嫌悪すべきだ。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。迷惑行為というものは様々なものが数えられる。花火はもちろん、大声で叫ぶなどの行為もまた、迷惑行為にされる。中でも最もひどいのが暴走族だ。
暴走族は、近年公式的な名称を「珍走団」とし、新規に加わるものを減らそうとしているようだ。
最近、活発なのが、徒歩暴走族、徒歩珍走団と呼ばれるものたちで、歩きながら自分達の組の名前を叫ぶという、既に暴走していないやはり珍走団としか呼べない集団も現れているようだ。もうこういったものたちを珍走団といわずしてなんと言おうか。恥じることはなはだしい。
そして、楽しみに来ている人たちにとって迷惑極まりないものである。暴走するなら人のいない山でして来い。それがイヤならばやめればいい。秩序を崩すものに自由を与えることが間違えている。弱者にばかり強い警官も、取り締まりを厳しくすべきだ。
私はこういったものがとても嫌いだ。偽善意識が強いからかもしれない。
しかし、許されるべきではないことは、誰もが理解しているだろうと思う。少なくとも、カッコイイと思って横行している珍走団以外は、だ。
さらに言えば、珍走団の横行を支持するもの、煽る者もすべて条例に違反しているとされる。つまり、そういった常識の無い者は片っ端から排除されていくということだ。
しかし、ここである問題が思い浮かんだ。
たとえば、アリで考えてみようと思う。
100匹のアリがいれば、そのうちの70〜80匹のアリはサボり、20匹程度のアリはまじめに働くという。その中から、サボりのアリを排除しても、また働きアリの中から分裂が生じるという。
つまり、人間に当てはめて見ると、実際にまじめにしている人は、8割かもしれない。しかし、その二割の不真面目を取り除くと、残りのまじめから、また二割の不真面目が発生するかもしれない。
どうしようもない、生物の習性であろうか、必ずそのようになるそうだという。
つまり、なんだかんだでバランスが保たれているとも考えられる。
しかし、そのバランスのために、8割の人間が迷惑を感じてもいいのだろうか。危険を感じてもいいのだろうか。そして、そのために怪我をする人間がいてもいいのだろうか。
どうも、そういう人間は、法を軽視する傾向にある。
法の厳しさを身をもって体感してほしいものだ。
チェーザレ:ロンブローゾの生来性犯罪人説ではないが、やはりそういう人間の価値観は、珍走団を貴く見るように思われる。
思考の時点での取り締まりは、憲法の良心の自由によって保護されているために不可能であるため、結成以前に潰すことは不可能である。
珍走団の消滅は、現段階では非常に難しい。しかし、行動に移している間こそ、最大のチャンスであるのだ。
私の価値観から見ると、法に背くものは嫌悪すべきだ。
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徒歩暴走族徒歩暴走族(とほぼうそうぞく)とは、バイクや車を使用せず、徒歩で迷惑行為を働きながら街を徘徊する者達のことである。概要主に積雪地域の冬季に現れる。路面の凍結や積雪の影響で車両を用いて暴走行為が出来ないため、徒歩で繁華街を徘徊す
2007/07/26(木) 14:35:59 | みくの記録