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何事にも、必ず始まりがある。そして、始まりがあるならば、必ず終わりがある。
しかし、人間にとって始まりを踏むことは簡単だが、終わりを踏むことが出来るものは殆どいない。もしかしたら終わりなど無いのかもしれない。
何かを極めることの出来る人間はそうはいない。人間は有限であるからだろうか、完全というものは見ない。
しかし、人々はゴールを目指そうとする。

スタートに置いて重要なことは何だろうか。
目標だ。
目標がなければ、ゴールへは一生たどり着けないだろう。あらかじめ、自分で設定した目標があってこそ、走り出せる。
マラソン選手は、次の電信柱まで走り続けるという目標を持って走るそうだ。やはり、何らかの目標があると走りやすいのだろう。
しかも、その目標は、遠くおぼろげでないほうが良い。近い目標であれば、実行と達成を味わうことが出来る。
そのために、やはり近い目標がいいだろう。

目標を達成するのには、実行と反復というプロセスを経ねばならない。
何事においてもそうだが、実際に行動し、それを何度も繰り返して磨き続けなければ目標には達成できない。
一度何かで聞いた話ではあるが、「切磋琢磨」という言葉がある。
ともに競い合ってお互いを鍛え続けるという意味の言葉だ。しかし、実際に切磋琢磨してお互いを鍛えあうよりも、自分で達成できるごく近い目標を何度も達成したほうが、力はつくというものだ。
切磋琢磨というのは、ライバルを持たなければならない。そのライバルの力量によって、人間は楽な道を選んだりも出来る。
その点、自己達成目標であれば、それは何度も何度も反復するために確実に達成させることが出来る。
論語に、「自分よりも劣ったものを友達にはするな。」というくだりがある。
ライバルを持つならば、自分よりもレベルの高いものをライバルとしてとらなければ意味が無い。そのため、切磋琢磨という言葉に矛盾が生まれるというわけだ。

貴方が人として生まれてきた時点で、あらゆることに関して、それらのスタート地点に立っている。それをどのように伸ばすかは、そのゴールを知ろうとする決意と努力による。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

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