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日本人は淡いものが好きだ。
桜を美しいと思うのも、淡い色だからだ。濃い色が重なると、日本人は「毒毒しい色」といった表現をする。
そのため、水墨画が古来の日本で流行った。
近年になって、日本人は濃いものも好きになるようになってきたが、やはり淡いものを美しいと思う精神は抜け切っていない。
日本にある、物事をぼかすといったことも、日本の文化である。
大切なことを薄くしたり、薄いところは更に薄くしたりして、余韻を残したりする。日本の小説にもたびたび用いられる技巧である。

これが、日本における「曖昧の美学」であって、他国には見られない、日本独特の特徴である。なぜ、日本ではこのような文化が流行したのだろうか。
武士文化では、物事をハッキリとさせる文化が流行るだろう。そして、日本の文化は、武士や農民が作り上げることが多かった。なぜだろうか。

過去の詩歌を見ていただければわかるだろうが、外国に見られない技巧がある。
比喩表現だ。
別の言葉を使って、ある言葉を表現する技巧のことで、日本では、この比喩表現が、日常生活にも浸透している。万葉集にも、比喩や掛詞といった意味を二つ持つ表現が用いられた詩歌が数多く存在する。
そのために、こういったぼかし文化が「美しい」とされるようになったのではないのだろうか。

現在も、そのぼかし文化は健在だと述べたが、ぼかすべきことと、ぼかすべきではないものがある。
現在ぼかされているものの代表といえば、憲法のことだろう。
自衛隊についてだ。
憲法9条では、「戦力は保持しない」と明文化されている。しかし、日本は自衛隊を保持している。これは、どう考えても戦力であるだろう。
憲法学者の大半はこれを違憲とする。
自衛隊については、憲法で縛り付けておくことが重要だろうと思う。
これは、ぼかすべきではなく、「自衛隊は、これの保持を容認する」という文章を憲法9条に加えなければならない。
自国は、せめて自国で守るべきだ。
交戦権の一線さえ守れば、平和は維持される。恐れることはない。
現在の安倍首相の政策は誤りでは無いだろうと思う。
これは、再軍備ではなく、防衛力の明文化だろう。
防衛力なき日本は、最早生き残ることはできない。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

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