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大人とはどういったものとして定義されるのだろうか。
たまに考えるのだが、子供のような大人がいれば、大人のような子供もいる。
実際に、子供のような大人は子供であり、大人のような子供は大人ではないのだろうか。そういった大人や子供は、それぞれの思考から来る。
たとえば、日本の現在とか、世界情勢なんかを語れば大人に見えるし、マンガやゲームの話をするならば子供に見える。
しかし、実際は年齢によってそれらは変わってくるのではないだろうか。
思考が子供でも、20歳を過ぎれば大人になるだろうし、思考が大人でも、10代だと子供ととらえられるだろう。
しかし、それは世間の一般論であって、正しい解釈ではないと考える。
たとえば、政治に興味を持ち、選挙に参加したいと思っても、年齢によって大人から「子供には選挙権はないんだよ」といわれるだろう。下手な大人よりも、興味、関心を持つ子供のほうが知識が豊富かもしれない。
子供に選挙権が与えられていない理由は、簡単だ。納税の義務を果たしていないからだ。必ずしもそうでなくとも、それに近い考えがあるからだ。
しかし、日本の将来を担うのは、今の大人ではなく、将来の大人だ。
将来の大人が進みたい方向に国を進ませるのも大切なことでは無いだろうか。

国民投票法により、憲法の改正の方法がより明確になる。
衆議院は通過したために、可決されるだろう。
我々大人による国民投票で、日本の将来は変わってくる。
しかし、本当に大人がその道を定めていいのだろうか。
確かに、大人には子を保護する義務がある。しかし、あらかじめ決められた線路の上を走るのは電車だけで十分だろう。
何も無い道を適当に走れというのではないが、やはり、興味のある子供にも、投票の権利を与えることも考えたい。
しかし、その興味のある子供を集め、投票にいたらせるまでが、難しい問題となる。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

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