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コミュニケーション。
意思伝達という意味を持つ英語だ。
何気なく日本語として使われている。意味もしっかりとそのままで使用されている。
日本語では、コミュニケーションをとる、などしてしばしば使われる。
また英語にはコミュニケイト、意思伝達するという言葉も存在する。
日本人はしっかりとコミュニケイトできているのだろうか。

最近めっきりと手紙を見ることが少なくなった。
私も最近は年賀状しか書かなくなったのだが、日本古来の、いや世界のもともとあった姿だとも思われる。
しかし、現在でもインターネット上でやり取りしている手紙、つまりメールがある。
それも、手紙の一種とみて間違いない。また、チャットなども一種のコミュニケーションをとる道具だろう。
最近ではパソコンだけでなく携帯でもメールのやり取りは可能となっている。(最近、ではないか)
また、携帯電話ではソフトバンクが電話というコミュニケーションの道具を低価格で提供するなど、携帯電話業界でも、コミュニティー産業は重要視されている。
携帯電話でも、最近では絵文字が使われることが多い。
これは文字を打つのが疲れるというところから派生した、いわゆる文化の一つだろう。それで通用する仲間内でならば、それはそれで十分だろう。
また、インターネットでいえば、2chのような掲示板も一種のコミュニケーションをとる道具だろう。

だが、そのコミュニケーションをとる広場や道具、いわゆるコミュニティはイジメの道具とされることが出てきた。
携帯はイジメの道具、などという見出しをみたこともしばしば。
しかし、道具は使用方法だろう。使用方法によってはよくも悪くもすることができる。極端に言えば、包丁は殺人の道具だから危険だ、というのと同じことだ。
正しく使えば便利だということだ。
そういえば言葉もそうじゃないだろうか。
正しく使えば、礼儀正しい、や賢いなどというイメージを強く付けることができるだろう。しかし、粗く扱えば人を揶揄したり、自殺まで追い込むといったことだってある。
世の中の必要なものは、すべてそういった二面性を持つものばかりだろう。

コミュニケーションはどのようにとるべきだろうか。
言葉を活かし、言語でのコミュニケーションだろうか。
絵を活かし、絵画でのコミュニケーションだろうか。
文字を活かし、モニター上でのコミュニケーションだろうか。
どれが一番正しいとはいえない。もっとも、すべて使うことができたなら、それはコミュニケーションの天才と呼べる人間だろう。
コミュニケーションをとることは、人々に好印象を与え、何もかもがうまくいっている人間のように見える。
明るくあれとは言わないが、生活に必要最低限のコミュニケーションはやはりどこかでとることが重要だろうと思う。
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福田 健
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