今、世間を騒がせているのが、相次ぐ児童の自殺だ。
最近は、自殺予告を文部科学省に送りつけ、自殺するということもある。
なぜ、このように自殺が相次ぐのだろうか、私なりに考えてみた。
その結果、理由は小さいものと大きなものの二つがあるという結論に至った。
まず、小さいほうの理由だが、誰がどう言おうと、学校の責任だ。
細かくすれば、いじめるものと教師だ。
教師についてだが、イジメについて『知らなかった』もある中、最もひどいのが、教師がいじめたというケース。
現在の小学生は、一昔前の小学生のように強くない、繊細な心を持つというイメージがある。
いわばガラスのハート。
いじめられたら立ち直れそうにない、という児童も少なくないだろう。
そして、会見時教師団は、そろって「イジメについては、把握できておりませんでした」と、形式上のみあやまる。
心のそこから謝っている教師もいるだろうが、それについてはおいておこう。
しかし、把握できていなかった、とはあまりに無責任ではないか。
「把握できておりませんでした」ということは、児童自体を把握できていないことになる。この言葉を聴くたびに、教師という仕事がどういう仕事なのか知りたいと思う。
私は教師になったことはないし、なろうと思ったこともない。
教師の友達もいないというわけだ。
私は思うに、児童を把握し、児童同士の中をよくし、学校生活を円滑にさせるための存在だと思う。
授業は二の次でよい(もちろんそうなっては別の問題で困るのだが)第一に大切なのは、児童の安全ではないだろうか。
教師によるイジメなど、もってのほか。
日本にいる教師は何か違うものになっていっているような気もする。
二つ目に、大きな理由だ。
それが、メディアという存在。
その中でももっとも大きな影響を与えるのが、テレビだ。
毎日毎日、飽きもせずに自殺だ、何だと流す。
それが児童を自殺へ導いていると、私は思う。
テレビ、特にニュースは新しい事件を扱ってこそだが、それによる模倣犯だって増えるわけだ。
今回の自殺もそうだ。
はじめは『いじめによる自殺、起こる』とニュースは次々と、その一件について報道する。
すると、必ず国民はその自殺について知るわけだ。
児童も例外ではない。
また自殺、また自殺とそれは連鎖的に増えてゆく。
ここ5年ほど、イジメによる自殺件数は、0件だった。
しかし、この1,2か月の間に自殺は何件起こっただろうか。
最近、自殺予告を文科省に送りつける、と一件あった。
その報道の数日後の話だ。
一気に同じ方法の自殺が5件近く、あるいはそれ以上あったかもしれない。
テレビのもつ力といってもいいだろう。
そこで私はおもう。
今回の児童の自殺など、”子供”に関係するキーワードが出る事件を、子供の見ないような時間帯に放送することが良いのではないだろうか。
現在の日本ではイジメがどのくらいあるのかは知らない。
が、数えていてはきりがないような、おおよそ夜に見える星の数ほどあるのだろう。
現在自殺したのは、いじめられている子供達の氷山の一角のような数だろう。
テレビの放送は模倣自殺を増やしかねない。
メディアの力の大きさを思い知らされる事件ではないだろうか。
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可愛さで部長に負けた、私のドメイン。最近は、自殺予告を文部科学省に送りつけ、自殺するということもある。
なぜ、このように自殺が相次ぐのだろうか、私なりに考えてみた。
その結果、理由は小さいものと大きなものの二つがあるという結論に至った。
まず、小さいほうの理由だが、誰がどう言おうと、学校の責任だ。
細かくすれば、いじめるものと教師だ。
教師についてだが、イジメについて『知らなかった』もある中、最もひどいのが、教師がいじめたというケース。
現在の小学生は、一昔前の小学生のように強くない、繊細な心を持つというイメージがある。
いわばガラスのハート。
いじめられたら立ち直れそうにない、という児童も少なくないだろう。
そして、会見時教師団は、そろって「イジメについては、把握できておりませんでした」と、形式上のみあやまる。
心のそこから謝っている教師もいるだろうが、それについてはおいておこう。
しかし、把握できていなかった、とはあまりに無責任ではないか。
「把握できておりませんでした」ということは、児童自体を把握できていないことになる。この言葉を聴くたびに、教師という仕事がどういう仕事なのか知りたいと思う。
私は教師になったことはないし、なろうと思ったこともない。
教師の友達もいないというわけだ。
私は思うに、児童を把握し、児童同士の中をよくし、学校生活を円滑にさせるための存在だと思う。
授業は二の次でよい(もちろんそうなっては別の問題で困るのだが)第一に大切なのは、児童の安全ではないだろうか。
教師によるイジメなど、もってのほか。
日本にいる教師は何か違うものになっていっているような気もする。
二つ目に、大きな理由だ。
それが、メディアという存在。
その中でももっとも大きな影響を与えるのが、テレビだ。
毎日毎日、飽きもせずに自殺だ、何だと流す。
それが児童を自殺へ導いていると、私は思う。
テレビ、特にニュースは新しい事件を扱ってこそだが、それによる模倣犯だって増えるわけだ。
今回の自殺もそうだ。
はじめは『いじめによる自殺、起こる』とニュースは次々と、その一件について報道する。
すると、必ず国民はその自殺について知るわけだ。
児童も例外ではない。
また自殺、また自殺とそれは連鎖的に増えてゆく。
ここ5年ほど、イジメによる自殺件数は、0件だった。
しかし、この1,2か月の間に自殺は何件起こっただろうか。
最近、自殺予告を文科省に送りつける、と一件あった。
その報道の数日後の話だ。
一気に同じ方法の自殺が5件近く、あるいはそれ以上あったかもしれない。
テレビのもつ力といってもいいだろう。
そこで私はおもう。
今回の児童の自殺など、”子供”に関係するキーワードが出る事件を、子供の見ないような時間帯に放送することが良いのではないだろうか。
現在の日本ではイジメがどのくらいあるのかは知らない。
が、数えていてはきりがないような、おおよそ夜に見える星の数ほどあるのだろう。
現在自殺したのは、いじめられている子供達の氷山の一角のような数だろう。
テレビの放送は模倣自殺を増やしかねない。
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