当サイトに記載されている情報はすべて管理者本人に著作権があります。文章の全体または一部の無断転載は、法律により禁止されています。
修正 2007 04 01 コメントにて、文章がおかしいとのご指摘をいただきましたため、一部修正を加えました。

貴方は嘘をつくこと、または嘘をつかれることは好きだろうか。
前者の人数は多くとも、後者の人数は少ないであろうと感じられる。
嘘は生きていくうえで必ずついている。もちろんこの記事を見ている貴方も、この記事を書いている私も、だ。
もし、私は嘘をついたことが無い、というならば、その人はうそつきだ。
そのセリフ自体が嘘であるからだ。
嘘をつかずに生きる、ということはどういうことだろうか。
たとえば、道端で100円を見つける。
それを見つけた貴方はポケットにしまいこむだろう。この時点で、「100円は自分のものである」という自分に言い聞かせる嘘をついている。

嘘とは不思議な言葉である。
嘘というたった二音節の言葉で、惑わされ、狂わされる。
人間は生きていくために最低でもひとつの嘘をついてきたはずだ。
もしかしたら、聖徳太子の存在だって嘘かもしれない。
鎌倉時代の始まった年号だって嘘かもしれない。
世の中はすべてが嘘かも知れない。
そんな中を生きている自分達に拍手したいくらいである。

嘘には大雑把に分けて二種類ある。
生きていくために必要な嘘。
つきたくて人についた嘘。
前者は、自分を傷つける嘘と他人を傷つける嘘に分けられる。
生きていくために必要な嘘は、自分にとって必要な嘘であって、他人にとってその嘘は全くといっていいほど、その必要性は無い。
つまりは、自分の利益を追求するために嘘をついている。
なぜならば、生きていくために必要な嘘は、自分を傷つけるのは、相手を傷つけないために、他人を傷つけるのは、自分を傷つけないために。
どちらも、自分を満足させるものだ。
つきたくてつく嘘は説明する必要はない。
楽しむためにつく嘘だ。
たとえ、その嘘がどんなにキレイであっても、そうなるのだ。
ただ、人はいつも自分が正しいと思う道を歩む。
自分の利益を追求するのも、自分の道なのだ。
そうすれば、自分を正当化することができる。
他人を見捨てることができるならば、だ。

少なくとも、この世の殆どの人は、自分の利益を追求するために他人を軽々と蹴落としたりはしないだろう。
お互い、嘘をつきあってバランスをとっている世の中、もし、嘘をついたことが無く、他人の嘘が許せない人がただ一人でも存在するならば、世の中のバランスは崩壊するだろう。
嘘は、人間関係を良好に保つ、唯一のアイテムなのかもしれない。
ただ、使い方次第では、その人間関係を簡単に崩す力を持つ、諸刃の剣であることを忘れてはいけないのである。

嘘喰い 1 (1)
嘘喰い 1 (1)
posted with amazlet on 07.03.31
迫 稔雄
集英社 (2006/09/19)
売り上げランキング: 1573
おすすめ度の平均: 4.5
4 嘘食いの真意とは?
5 これからに期待大
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

2007 03 31 一部修正。学生様、ご指摘ありがとうございました。

少年法について考えてみる。
少年法は少年、つまり同法において19歳以下のものの保護を目的として作られている。(現在は厳罰化によって例外もある)
大人と同様の罰則の判決が出ることは無く、更生を目的とした処罰が下されることとなる。あくまでも、更生が目的であるため、必然的に大人の罰則に比べ、より軽いものとなる。
しかし、少年であれ、この法律においての保護はどうだろうか。
年齢はどうであれ、人間は平等に生きている。日本国憲法における「自然権の原理」だ。生きるのが平等であって、刑罰が平等で無いのはおかしい。
確かに、少年はそういった法律知識に欠ける場合があるため、自分が犯したことを犯罪であるということを知らないという場合がある。
自己の責任能力に欠ける場合がある。
現在は改正によって低年齢でも刑事裁判にかけることができるようになっている。
こういった私の考えは、「過激派」ではあるが、日本を腐らせるよりも、たたきなおすほうが、誰もがよいと考えるだろう。
犯罪の全く無い世界を作ることはできない。
ただ、少年からの犯罪を未然に防ぐことができずに日本全体の犯罪件数を減らすことができるだろうか。先進諸国では、少年における犯罪件数が大人の犯罪件数よりも多いという。犯罪を取り締まるならば、少年から取り締まると減る、簡単な考えだ。
それに、少年は自分を律する精神が完全ではないため、なにかのマネをしたがる。
このまえの小学生強姦事件だって、AVの真似をしたかったという証言がある。
模倣犯の殆どは、少年によるものであるだろう。
それに、少年でも犯罪を減らしてこそ、法の存在意義というものでは無いだろうか。
この場合、法は「遵守すべきもの」というよりも「対象を戒める針」というようになる。しかし、犯罪を戒めるものとしては十分ではないか。

そして、もうひとつ。
少年の自己責任能力が無いために少年法を制定して、少年の保護を考えるよりも、少年のころよりの法学、更に言えば、刑法学習を盛り込んでいくとよい。
法曹人数が少ないのは、法律を学習する期間があまりにも短すぎるからだ。
目指すのが難しくなる。
新たに簡単な司法試験を作って法曹のレベルの低下を招くよりも、義務教育における法学を組み込ませることが重要ではないか。
そうなれば、小学生に高学年レベルにおいても責任能力を追求することが可能になる。小学校低学年に、法律を理解させるのは難しい。
法律自体が口語的に書かれているので、或いは小学生では難しい。
ただ、中学校からでも遅くは無い。
確かに人権について学ぶのは大事だ。
しかし、それよりも今大事なものは何か。
犯罪を低下させる学習も必要ではないか。
毎日毎日、ニュースで殺人事件について放送する。犯罪は凶悪化の一歩をたどっている。
凶悪犯罪は子供のうちに刑法によって縛られているという感覚を強く刻み込めば、或いは減少するかも知れない。
洗脳学習のようだが、効果は見られるのではないかと思う。

逆転裁判4(通常版) 特典 オドロキヘッドフォン付き
カプコン (2007/04/12)
売り上げランキング: 159
おすすめ度の平均: 5.0
5 予約しました。
5 やっぱ、逆転裁判でしょ!!
4 確かにDSに相応しい作品だと思います!!
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

色によって、人は感情を変えられたりする。
誰だって持つ特色で、色についての連想は、大体みんな共通している。
たとえば、暖色を見れば暖かいと、寒色を見れば寒いというイメージはみな抱くだろう。
たとえば、黒っぽい色を見れば重そうだ、白っぽい色を見れば軽そうだ、というイメージは、みな抱くだろう。
色には、不思議な力が宿っている。
そのため、昔から絵画による芸術活動が行われたのだろうかも知れない。
人それぞれ好きな色があるのは、その人の性格を現しているからかもしれない。

色は無限にあると言われる。
絵の具で見ればわかりやすいだろう。
貴方は全く同じ色を絵の具で作ることができるだろうか。今までにそれはできただろうか。私は今までには無い。
1ミリグラムでも、いや厳密に言えばそれ以下の単位でも狂えば、まったく同じ色は作れない。
また、微妙な混ぜ加減、水の加わり方、そういったことを考えれば全く同じ色は作れない。
もし、色一色が世界の人一人の性格を現しているならば、同じ色が作れないのは正しいだろう。

世界に存在する色は、たった7色から作られている。
もとは虹色が世界に存在するすべての色をつかさどっている。
そもそも色とは、太陽の発する太陽光線のうち、見ることのできる可視光線の一部のみを反射して目に入ることで初めて色として捉えることができる。
つまり、太陽が存在しているから色があるのだ。

世界に色が無ければ、今頃はどうなっていたのだろうか。
もちろんカラー写真なんて存在しなかった。
絵を描こうとする人も現れなかった。絵を描くことだけを仕事にしてきた人はどうだろうか。ニートになってはいないだろうか。
そのまま何の苦も無く仕事を続けられるのはピアニストくらいだろう。
パンダも、そのままかもしれない。

改めて、色の大切さを知る。

こころを休める大人の塗り絵DS
アーテイン (2006/08/31)
売り上げランキング: 1467
おすすめ度の平均: 3.5
4 癒されていくのがわかります!
4 好き嫌いがハッキリ別れるソフト
3 時間と根気が必要なようです(^ ^;)
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

2009年、つまり再来年に一般の人々が裁判の裁く側に立つことができる裁判員制度が実施される。裁判員制度の利点としては、法律の関係者以外、つまり国民の素直な意見が裁判において反映させることができるところで、国民主権の理にかなっているともいえるだろう。
普段弁護士と検事は(民事裁判については弁護士同士が)対立する関係にある。そのため、相手の意見を率直に聞き入れられないことがある。
そのようなことを考慮すれば、国民の意見を取り入れたフラットな裁判になることが考えられる。
裁判員制度による判決は、全員一致の原則だが、どうしても一致しない場合は多数決になるとも考えられる。
そのように、国民の意見を素直に取り入れることのできる裁判にできるならば、実に便利で有意義で、国民的な制度なのだ、と感動したい。
しかし、考えてみてほしい。
国民は普通(加害者の親族、異常者を除くものは)被害者側を応援するだろう。
確かに裁判員制度はその被害者、加害者とは全く関係の無い人物が呼ばれる。
裁判員が集められる対象の事件は、地方裁判所で行われる死刑または無期の懲役、禁固の判決が下るだろう裁判である。だが、そういった裁判であれば、必ずしも平等に判決を下せない一般の人々は、被害者の立場で考えることが多くなり、死刑判決を下すことが多いと考えられる。
更に裁判員に必ずしも法律知識が備わっているとは考えにくい。
そう考えれば、裁判員制度の導入には、反対したい。

確かに司法改革は必要だろう。
実際には、法曹人数があまりにも少ないこともある。そのために、司法試験も改変された。
やはり、国民の声はどの場でも取り入れなければならないのだろうか。

これが良法であるか、悪法であるかは、裁判員制度が始まってみなければわからない。

逆転裁判4(通常版)(特典無し)
カプコン (2007/04/12)
売り上げランキング: 4
おすすめ度の平均: 5.0
5 熱き法廷バトルが!!!
5 楽しみ
5 良い
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

兵庫県は尼崎市。
小学生による暴行によって、尼崎市役所はゆれている。
小学生の暴行は今までほとんど起こらなかった異例の事件である。
なぜこのような事件が起こったのか。
それは、その少年が述べた。
「AVと同じことをしたかった」

昔と比べ、今はメディアによる情報が大量に流れるようになった。
インターネットや、さらにはテレビの規制も弱くなってきた。それが今回のような犯罪を誘発させたとも思える。しかし、それはメディアのせいにしているだけで、根本的な解決にはなっていない。
今の多くの人は、メディアによる情報が大量に流出しているから、このような犯罪が増えているという。
しかし、それは本当にそうなのか。
本当にメディアの影響のものなのか。
私はそうでないと考える。
メディアの影響であれば、昔と今を比較した際に、低年齢の性的犯罪はメディアの成長と比例して増えていると考えられるはずだ。メディアの影響のためというのも一部はあるかもしれない。しかし、そのすべてがメディアの影響であると考えるのはあまりにも浅はかであると思われる。
少年の自制心、つまり欲の抑制が完全にできていないためだ。
このニュースを見て、感じ取れるのは、小学生でも簡単にAVを手に入れることができるということだ。それは、やはりその父親の管理またはその友人の父親の管理が行き届いていないからだろう。小学生が店でAVを手に入れることは不可能だ。
winnyなどによって手に入れるのも極めて難しいとも思われる。そうなると、すでに自宅にあったものと思われる。
しかし、犯行に及んだのは自分の思考力の問題だろう。
これはいけないことだ。
そういう考えが、まだ完全に整っていない状態であったと思われる。

しかし、こういう考えを見ると、低年齢による性教育も大切に思える。
過剰教育がどうとか言ってられない時期が近づいているのかもしれない。
AVは教材だ、という教師もいた。そこまでは行かなくてもいいが、せめて最低限必要な教育は受けさせ、自制心などの成長を促す教育を実施するべきだろう。

強姦の歴史
強姦の歴史
posted with amazlet on 07.03.27
ジョルジュ ヴィガレロ Georges Vigarello 藤田 真利子
作品社 (1999/08)
売り上げランキング: 208006
おすすめ度の平均: 3.5
4 女性の社会的な地位の変化がわかります
3 女性の人権の歴史でもあります。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

「人の真似はするな」
昔、このような言葉を親や恩師にいわれたことが無いだろうか。
私も言われた経験があり、いった経験もあるような気がする。子供も「まねするな」と友人間で言うことが多いだろうと思うが、この言葉には大きな間違いがあることを知っておいてほしい。
私もつい最近になって知った話しなのだが、「学ぶ」という言葉の語源だ。
言葉には様々な語源があり、その語源が、その言葉の意味とつながっていたり、正反対であったり、またどちらでもない場合がある。
真似は相手の動作、行動をそっくりそのまま似せるという意味だ。
読んで字の如く、といったところだろうか。
実はその真似るが、ある言葉の語源となっている。
現在に存在する言葉で、「学ぶ」というのがそうだ。
つまり、真似ることは学ぶことであり、学ぶことは真似ることにあるということだ。

だれかが書いていた文章だ。
真似るだけではなく、自分流に使いやすく、加工し、それを実行することが大事だ、と。それが学ぶということだ、と。
誰かの真似をしなければうまくなることは難しい。真似をせずにうまくなれる人はまずいまい。いるとすれば、本当の天才か、うまくなったつもりでいる人だろう。
そして、完全に真似ができるようになったとき、新たに自分のものにするように加工する。
誰だってしてきた作業だが、当然のこととして扱われてきたために、わからないようになってしまったのだ。
たとえば勉強だ。
小学生のとき、先生の書く漢字を真似して書き順を学んだ。先生が解く真似をして数学を学んだ。先生が料理をするのを見て、料理を学んだ。
つまり、真似るは、最も学ぶに近い言葉である。

以上より、真似ることを咎めるのはあまりよくないと思える。
真似ない子供は、学べない子供となってしまう。

マネー革命―NHKスペシャル (1)
相田 洋 宮本 祥子
日本放送出版協会 (2007/01)
売り上げランキング: 16392
おすすめ度の平均: 4.0
4 マネー革命を振り返る
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

本日、神戸に行ってきた。
もちろん、遊びにではなくて、記事を足で稼ぐといったそのような感じのためだ。
決して中華街の料理がおいしいからとか、遊びたいからとかという理由ではないということをはっきりさせておきたい。
神戸は三宮。
意外とキレイとも思える周辺だが、少し離れてみると、バイクが不法投棄されていた。これは、おいていたのが壊されていたとも思えるが、壊れ方が異常なので、長い間おいてあったものだと思われる。
それだけではない。
実際、ちょっとした都市部であれば、必ずといっていいほど目に付く日本の汚れがある。
それが、横断歩道など白っぽい歩道などではよく目立つものだ。
そう、ガムだ。
ガムの汚れは目立ち、汚らしく見える上に落ちにくいという特徴を持つ。
そのため、都市部では放置されることが多い。
そもそも、ガムは、ヘラでとるのだが、全くといっていいほどそれが落ちないのだ。そのため、ガムバスターズ・ジャパンという会社が、ガムを取れやすくする装置を開発していた。
一度テレビで見たのだが、それがキレイサッパリと落ちるのだ。
都市部ではぜひ活動していただきたいのがガムバスターズ・ジャパンだろうと思う。

また、神戸では見なかったが、可燃ごみの不法投棄も近頃増えている。
ゴミを道端に捨てることをなんとも思わない人が増えているのだろうか、それともそういった人の動きが活発になったのだろうか、定かではないが、不法投棄が増えているということは事実だ。
また不法投棄といえば、高速道路のサービスエリアでもそれが増えている。
更に言えば人気の無い山中に捨てるものも多い。
しかし、テレビがそういった人たちを取材すると、そういう人々は必ずこういう。
「みんなしている。別に悪いことではない」
悪いことでなければもっと堂々としていればいいはずだ。わざわざ山中など、目につかないところに捨てる必要性は無い。

最後になるが、今も昔も減らないのが歩きタバコの後、そのまま路上に捨てるということだ。真正面でそれを見ていると腹が立つ。
正義感がどうこうや、生真面目など、そういったことではない。
現在の若者は〜と言う人も多いだろう。
しかし、マナーの低下、低下といっては語弊があるだろう。
低下とは、昔は高かったものが下がったという言い方だが、昔からとはあまり変わっていないだろう。
そんなマナーが高かったなら、公共広告機構がタバコについてのことをCMにはしない。
マナーの低下ではなく、過去のものが今まで維持されてきただけだ。
それを、向上させねばならない。それが、今後の課題だ。
流行語を『品格』に決めるのは自由だ。
ただ、流行語になったならば、日本人の品格も、もっとよくなるように見直すべきだ。

国家の品格
国家の品格
posted with amazlet on 07.03.25
藤原 正彦
新潮社 (2005/11)
売り上げランキング: 679
おすすめ度の平均: 3.5
5 この本の爆発的な売れ行きも、所詮マスコミ操作である
5 読めてよかった
5 若い人に是非読んでもらいたい
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

2007 03 25 修正
数々のご指摘をコメントにていただきました。
コメントを参考に修正したものです。

紫式部の源氏物語もとても長い小説だった。
原稿用紙にして、実に4000枚分だと聞いたことがある。
昔はやることが無かったのか?一作にそんなに時間をかけるなど、今では考えられないと思う。
しかし、それを超える小説があったそうだ。

それが、非現実の王国でという書。
正式なタイトルは、
『非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子ども奴隷の反乱に起因するグランデコ・アンジェリニアン戦争の嵐の物語』
タイトルからしても長い。

物語の内容は『グランデリニア』とよばれる、子供奴隷制を持つ軍事国家と、『アビエニア』とよばれるカソリック国家との戦争を描き、1万5,145ページに及ぶ物語である。
アビエニアを率いる7人の美少女戦士、ヴィヴィアン姉妹が主人公である。
彼女達は何度も敵に捕まるが勇気と機転で抜け出し最後には勝利する。また、ダーガー自身がジャーナリストとして登場している。

美少女戦士とは、セーラー○ーンのようなものだ。
それにしても、1万5000ページといえば、広辞苑7冊分に相当する。
そんな本がたとえ存在していたとしても、読みたくない。
一冊にまとめると、紙の厚さを0,07mmとすると、1050mm、つまりその本は一メートルに及ぶ。

また、ペリーローダンという作品もページ数が多いという。
一冊の文庫本は約300ページの小説。
現在334巻まで出版されているようだ。
単純計算で10万200ページ。
こちらを長さであらわすと、なんと7メートルにもなる。
流石のこち亀も真っ青だ。
ただ、複数作家であるということが明らかとなっている。

また、グイン・サーガという作品もページ数が多い。
また、登場人物もとても多く、到底覚えきれる数ではないだろう。
正編は100巻を超え、番外編は20巻あるという。番外編だけでも十分長編小説だ。

また、一冊物というのであれば、ニッカーズという書籍が一番長いという。
およそ2000ページ。
どうして広辞苑のような本を読まなくてはならないのだろう。
書いた側も、賞賛に値する。

バイオ・プログラム―宇宙英雄ローダン・シリーズ〈330〉
H.G. フランシス H.G. エーヴェルス H.G. Francis H.G. Ewers 五十嵐 洋
早川書房 (2006/12)
売り上げランキング: 118054
おすすめ度の平均: 5.0
5 他に類を見ない長編SF
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

世界一売れた漫画をご存知だろうか。
日本でも爆発的ヒットを引き起こし、今もなお日本では人気のある漫画だ。
その作品こそ、ドラゴンボールだ。

ストーリーは言わずと知れたもので、7つ集めると願いがかなうドラゴンボールのもとにすさまじい格闘を混ぜ込んだもの。
中華風ファンタジー格闘ギャグマンガといったジャンルに分けられる。
私はいつもドラゴンボールがほしいと願っている。
願いは何にするって?
努力できる意思、かな。

ドラゴンボール (巻30)
ドラゴンボール (巻30)
posted with amazlet on 07.03.23
鳥山 明
集英社 (1992/06)
売り上げランキング: 19694
おすすめ度の平均: 5.0
5 放棄された古いタイムマシン
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

1853年。
ペリーが来航した。そして、五年後の1858年には、日米修好通商条約が結ばれ、日本は事実上鎖国を終了した。
鎖国を終了、開国してからは日本の成長はめざましいものがあった。文明開化と呼ばれてからほんの100年。日本は世界の5本の指に入るレベルの経済大国となった。
日本は「真似」が非常に上手な国だ。
日本と諸外国との付き合いは意外と深く、西暦が始まったころには外国との交流があったと考えられている。
「渡来人」と呼ばれる人々からは稲作など、現在の日本人に重要なことを教わった。それが、第一回のマネだ。
それから次々とマネをはじめる。遣隋使、遣唐使、これは中国の優れた文化を取り入れるために派遣されたもので、実際に平安京の町並みは、唐の都、長安の町並みを取り入れている。
そして、一度中国の文化の取り入れを中止し、中国の文化が発達し、日本独自の国風文化が栄えた。現在使っているこのひらがなも、この時代に誕生したことで知られている。
それからというもの、絵画や芸術も中国から取り入れたものであるし、日本に栄えた漢字も中国から取り入れたものだ。
どこかで読んだ文章だが、マネが上手なだけではなく、そこから発展させることができるのが、優れている人だという。
日本は正に、その優れている人だ。
取り入れた漢字を活かし、読みやすいかな文字を作り出した。
取り入れた絵画を活かし、日本風の絵画を作り出した。
日本は優れた国なのだろう。

さて、ひとつの考えが浮かぶ。
今、鎖国して日本の技術だけで100年間生活しよう。その100年後、開国したならば、更に新しい技術が世に出回っている。日本国内でも、素晴らしい技術は開発されるだろう。しかし、現在の中国を見ればわかるように発展途上国の成長が目覚しい。
そういった技術を追いつけ追い越せの日本が手に入れればどうなるか。
鬼に金棒とまでは行かなくとも、非常に強い存在となる。
もちろん鎖国しなくても、だ。
だが、世界の状況を考えれば、鎖国してのびのびと生きてみたいと思うようになる。

そんな考えはある。
しかし、今鎖国すればどうなるか。
食糧危機、アメリカなどの諸外国との関係の悪化。
明らかに孤立すること間違いなしだ。
だが、世界と日本の付き合いを考えていく中で、このままではだめだ。
アメリカは中国が発展しきれば、日本との縁を切るとも考えられる。
そうなれば、日本はおしまいだ。
孤立してみないとわからないことも多々ある。
もちろん大切なものを失うかも知れないが、今得られていないものを手に入れることができるかもしれない。

と、言うのはもちろん殆どが怪しい理論だろう。
タイトル通り、のびのびはできないだろう。
ただ、鎖国化すると、日本は非常に小さな国であると考えることはできるかもしれない。
小さな国は、どうあがいても小さな国だが、虎の威を借る狐。
日本には、その実力はあるだろう。
ただ、もしかすると強制的な鎖国も強いられるかもしれない。

もう一つの鎖国―日本は世界で孤立する
カレル・ヴァン ウォルフレン Karel van Wolferen 井上 実
角川書店 (2006/08)
売り上げランキング: 97217
おすすめ度の平均: 4.5
4 外人の視点からみた日本とは?
5 外交無策は外務省無能が原因だ!!
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

The World’s Highest Website

もともと長くするのが目的でつけられたタイトル。
これは明らかに私への挑戦だ。

と、いうことで、スクロールバーに触れずにページの一番下を目指そうと思います。

印刷すると、19キロメートルになるそうです。印刷はしないように。

さて、今回使用するブラウザはインターネットエクスプローラーです。
スタートは2時48分です。
終了は3時32分。実に44分間マウスホイールをコロコロしてました。

マウスホイールの速さは時速25キロであると証明されました。

(スクロールの早さは設定によって変わります。プリセットでは25km/hです)
ミッキーマウスの憂鬱
松岡 圭祐
新潮社 (2005/03/23)
売り上げランキング: 31480
おすすめ度の平均: 4.5
4 楽しかったですよ。
5 夢を現実に
5 若いって良いな
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

日本人であれば一度は思ったことがあると思う。私だけかもしれない。
だが、日本人である限り、自分の国の言葉も美しく話せないようでは話にならない。そのため、しばしば日本語の勉強をするのだが、どうも難しい。
「ら」抜きことばというものも、よく聞く機会があるのだが、どれが「ら」抜きで、どれが「ら」入りの言葉か、ということさえもこんがらがってわからなくなってくる。
いわゆる助動詞なのだが、面倒極まりない。日本語は英語のように語尾変化は無いが、一語一語に重要な意味があったりするので、アバウトに捕らえることも難しいときがある。

また、若者に増えているのが、句読点を使用しない文章だ。メール等などではかまわないが、重要な文書を書いているときなどでも句読点がなかったりする場合も多い。また、そういったレポート等でも、ギャル文字などというのだろうか、そういった文字が目立つなどといった話もよく聞く。
それが悪いとは言わないが、日本語を美しく使ってほしい。100%でなくとも、せめて50%の愛国心を持ってみてはどうだろうか。
戦前のような異常な愛を持てとは言わない。せめてこの国に生まれてよかったという、明確な意思がほしい。

日本語には、方言が存在する。もちろん、日本語以外にも方言は存在する。
しかし、日本語の方言は予想以上に大きい。
たとえば、フランス語とポルトガル語の違いはどれくらいの違いかご存知だろうか。
日本で言う青森弁と岩手弁ほどの違いだという。要するに、殆ど違わないレベルだろう。日本の中では青森弁は都市部へ行くと、つまり東京弁を相手にすると、また通用しづらい。
方便で言えば、東京弁に対する関西弁も、まともに会話しているようには思えず、喧嘩をしているように聞こえるらしい。
方言がなぜ誕生したのかはわからない。
だが、不思議なものだ。
地方によって話し方、表現から全く異なってしまうのだから。

言葉と声の磨き方
言葉と声の磨き方
posted with amazlet on 07.03.20
白石 謙二
フォレスト出版 (2006/10)
売り上げランキング: 189
おすすめ度の平均: 5.0
5 顔が小さくなった
4 新しい
5 話すためのボイストレーニング
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

以前、道路交通法違反について話したが、本日もまた気になったことがあった。
やはり、自転車を片手で運転している人が、今日多くなってきているようだ。
それでふらふらして起こった事故など、いままで何件あっただろうか、運転していてとても怖いことだ。それていて、事故になると、車を運転していた側に落ち度があるとなると、やってられない。
なら運転をやめてしまえ、といわれそうだが、必要であるから運転している。怖いから述べているのである。明らかに自転車側に落ち度があるから述べているのである。
こんな点から見ると法律は片手うちどころではなく両手離し運転だ。

100%の落ち度が自動車側にある、とみるからおかしいのであって、自転車側にもなんらかの落ち度を見出すべきでは無いだろうか。
ならば、事故をしなければいいじゃないか。
できるならばそうしたいことだ。
もともと事故はなぜ起こるのか。起こさないようにはできるのではないだろうか。
事故は思わずして起こること、という意味だ。
つまりはアクシデント。起こそうとして起こるものであって、自然的要因が主にかかわる。ならば、人為的要因、つまり飲酒運転などは、未然に防ごうと思えば防げるものであって、それは事故とは言いがたいことである。
言うなれば人災や、必然事故とも言えそうだ。
片手運転、ましてや無手運転なども必然事故に分類されるのではないだろうか。
そういう点であれば、車が悪いともいえない。
しかし、車に轢かれた人は怪我をしている。何かを賠償させられようもノならば泣きっ面にハチといったところだろうか。法律で罰するのも同様だ。
しかし、それくらいしなければ危険な乗り方は減らないのではないだろうか。
条件を付けて、たとえば携帯電話を開いていたという証言があれば罰則を強化など、考え、強化する点は沢山ある。

危険学のすすめ
危険学のすすめ
posted with amazlet on 07.03.19
畑村 洋太郎
講談社 (2006/07/26)
売り上げランキング: 5121
おすすめ度の平均: 5.0
5 生活する国民全員が読むべき本
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

世界で一番臭い食べ物。
これは意外と有名だ。
テレビでよく見るからだろう。実物は見たことが無いが、本当に臭いらしい。
それと、慣れていないとマズいらしい。

DSC00187-thumb.jpg

膨らんでいる。

刃物などを入れて、缶を開けようとすると、プシューという音とともに悪臭が噴出す。それは、公衆トイレのような臭いだとか。

にしんを濃い塩水に漬け、それを発酵させたものだとか。
そんな臭いになるんですね。

悪臭防止法という法律で、さまざまな物質が違法とされている。
理科の実験で扱うアンモニアも対象だ。

このシュールストレミング。
スウェーデンで食べられている缶詰だ。
一度ぜひ挑戦してみてはいかがだろうか。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

春が来ない。
モテないという意味ではない。本当に春が来ないのだ。
春は2月に忘れてきてしまったのだろうか、2月のほうが暖かかったではないか。
これも何かにかかわった異常気象なのだろうか。
それとも、単純に氷河期が訪れているのだろうか。
温暖化とは打って変わって、急激に温度が下がっているような感じがする。
いつもの春の気温に戻っただけかもしれないが、やはり寒い感じはする。

これだけ寒いと、夏に雪が降るんじゃないか、とも思ってしまいそうだが、残念なことにそれはなさそうだ。流石に夏に雪は降らない。
冷夏ということばがあるように、これはやはり異常気象のうちなのかもしれない。
私は冬の間、今年の夏は暑くなるだろうと思っていたが、それは無いだろうと思えてきた。涼しい夏であれば、生活する中で、気温面では楽だろう。

ただ異常気象になってしまうと、一番困るのが野菜などでの出費だ。
たとえばレタス。
レタスは暑ければ育たない。
育たなければ供給量が減る。
そうなると、値段があがる。
日常生活には、大打撃だ。
地球よ、どうか異常気象なしに今年も豊かに生きていてください。

といっても無駄だろう。
人間がつけた傷だ。人間に帰ってくるのが常であろう。
地球をこてんぱんにしてしまった。次は人間がコテンパンにされる番だろう。

野菜ばっかり
野菜ばっかり
posted with amazlet on 07.03.18
小林 ケンタロウ
文化出版局 (2003/06)
売り上げランキング: 6606
おすすめ度の平均: 4.5
5 ちゃんと美味しい、野菜料理
5 この本で考えが変わった!行動が変わった!
4 元気の出る野菜ごはん。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

迷惑メールは本当に迷惑だ。
どれくらい迷惑かというと、車で走っていて、制限速度40km/hなのに30km/hで走っている車が前を走っているときくらい迷惑だ。
私はgoogleのGmailというサービスを使っているのだが容量が大きいために迷惑メールは普通無視するのだが、気づけばありえないくらい溜まっていたりする。
これはある意味恐ろしい。
また、その溜まるスピードも恐ろしいのだ。
30日で迷惑メールは削除されるのだが、削除されるまでに5000通は溜まってしまう。
もっと溜まっているという人はいるかもしれないが、私にしてはとても多い。

よくもこんなメールを送る暇があるな、と思う。暇があるなら働け、と。
世界のメールの実に90%以上はこういったスパムという迷惑メールだという話を一度聞いたことがある。
世界の人々も実に暇なのだな、と感じた。
とっておきの秘技 迷惑メール・スパイウェアの撃退法!
持丸 浩二郎
シーアンドアール研究所 (2005/08/19)
売り上げランキング: 194446
おすすめ度の平均: 5.0
5 貴重な良書
5 Winnyによる情報漏洩対策もバッチリ
5 2色刷りで、具体的instructionのため素人friendly
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

別に、盗撮に使えとか言うことを促しているわけではないのは明白だろうと思う。
カメラは最近、とてつもない速さで進化してきた。
現在も進歩しているだろう。
昔は一眼レフなどというカメラもあったが、現在ではデジタルカメラがますます進歩していっている。そのままの風景を見るのとあまり変わらないくらいまで、その写真技術は進化した。
すばらしい風景を撮ることが、誰でもたやすくなってきた。
電気屋の広告でも、まれに1000万画素を超えるカメラを見る。
すばらしく綺麗に写るんだろうな、一度撮ってみたいな、などと思う。

最近は携帯電話も負けず劣らす画素数が高い。
数年前のデジタルカメラの何十倍もの画素数を持つ携帯電話だって存在する。
現在私が持つ携帯も207万画素だ。
ちなみに、超薄型の古ぼけたデジタルカメラは30万画素だ。
その差は歴然としている。
携帯電話であっても、侮れない綺麗さを誇っている。

しかし、画像が綺麗になっても、唯一逃れられないのが、その重さだ。
高いものであれば、一枚1メガバイトなどという巨大さだ。
メモリーもすぐに足りなくなってしまうのがたまにキズだ。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

本日、毎週楽しみにしているパン屋に行ってきた。
そのパン屋のパンはあまり種類が無いのだが、実においしい。そのため、毎週通っている。本日は胚芽パンというパンを買ってきた。まだ食べていない。明日の朝においておく。焼きたてを食べるのもよいが、焼きたてはもう一度食べとおしたため、次はおいしい食べ方を発見しようとしている。
パンは主に小麦からできている、日本の小麦の自給率はとても低い。そんな考えをしながらたまにパンを食べるのだが、そうするとあまりおいしくない。
やはり、食べ物は楽しんで食べるのが一番だろう。

さて、パンを購入するとき、ひとつ気になったことがあった。
ビニール袋をこれでもか、というくらいに多用する。1000枚入りのビニール袋をどれくらいのペースで使用するかはしらないが、もう殆ど残っていなかった。
私が購入下のは5個で、それぞれ違うパンだったためか、すべてを違うビニール袋に入れていた。最近は、少し環境に過敏になっているせいか、今まで見えなかったものも見えるようになってきた。
店の勝手なので、資金的にもったいないとは言うことはできないが、資源的に、同じ地球市民として、もったいないということはできるだろう。
そのため、次の来店からは、1枚のビニール袋にまとめてもらおうと決心した。

ビニール袋は、現在有料化に向けて少数の起業ではあるが動き始めている。
現在は5円が常識となっているが、これからの結果次第では、高くも安くもできる値段だともいえよう。
また、世界でもビニール袋を有料化としている国は多く、お隣の韓国でも、有料化は以前から実施されている。
どこの国こそは忘れたが、17円という超高額な設定をしている国もあった。
その国ではビニール袋の使用率を実に90%も抑えることができたというから驚きだ。

ビニール製の買い物袋は一枚約8グラムで、その一枚を作るのに石油10ミリリットル使用されている。日本人は毎年一人当たり3リットルもの量をビニール袋という形で消費している。そのため、日本人口全体では、年に3億リットルも消費しているのだ。
私が今日購入したパンのビニール袋は2グラムだったため、それが5枚で石油約10ミリリットルは消費している。
週に一回では一月に40ミリリットル消費してしまっているのだ。消費の積み重ねとは恐ろしいものだ。気にかけないでもどんどんと消費されている。
こういった消費は生活のいたるところであるかもしれない。
手作りECOバッグ―手作りのマイバッグを持ってお買い物に行こう

ブティック社 (2006/07)
売り上げランキング: 53163
おすすめ度の平均: 5.0
5 自分に出来ることから始めてみよう
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

本日は、バレンタインデーのお返しをする日、ホワイトデーだ。
バレンタインデーにチョコやなんらかのお菓子をもらった男性は、迷った末の結果を女性へお返しとしてプレゼントする。
プレゼントは気持ちでお返し、としたいところだが、世の中の女性はそれを許さない。それがホワイトデーの恐ろしいところだ。よく言えばエビで鯛を釣るといったところだが、悪く言ってしまえば強欲だ。それも、日本の男女の関係なのだろうか、すこし悲しくなるところもある。
ホワイトデーのお返しといえば、昔からアメやマシュマロといったものが通例だったが、女性のチョコレートも高級化してきているなかで、それらを渡すのがむずかしくなってしまっている。
また、女性のチョコレートなどの贈り物の平均が2000円に対し、女性が男性に期待する贈り物はその3倍の6000円程度が平均となっている。
また、本命と義理の温度差も最近なくなっている。本命も義理も同レベルのチョコであることが多くなっている。昔から少しづつ変化しているところが見られる。

さて、ここで意外な話。
アメリカやカナダなどでは、ホワイトデーが無いそうだ。なぜだかわかるだろうか。
男性にプレゼントを返す義務が無いわけではない。もちろん、男性は、プレゼントをもらった女性にはプレゼントを返す。ホワイトデーという呼び名が無いというわけではなく、ホワイトデーにあたる日、そのものが無いのだ。
答えは、バレンタインデーにプレゼントを交換しあうから、だそうだ。
日本のバレンタインデーはお菓子業界の仕組んだ罠ということは有名だが、アメリカのほうでホワイトデーが無いことは私も知らなかった。
日本古来の行事でも、当然だがこれらは無かった。
日本に伝わったものでは、クリスマスのイベントが、プレゼントを渡す行事だった。
現在の日本にも、その行事はしっかりとしみこんでいる。
台湾や韓国でも、これらの行事はある。日本に影響されてか、チョコを贈るのが多いそうだが、必ずしも女性が渡すのではなく、男性が渡す側に立つ場合も少なくないそうだ。
しかも、そこから派生した行事で、4月14日に行うブラックデーが存在するそうだ。ブラックデーはバレンタインデーにチョコをもらえなかった人が中華料理店でジャンジャン麺という、食べると歯が真っ黒になるという麺を食べる行事だそうだ。

もともとバレンタインというのは、269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ヴァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日だそうなのだが、現在では恋人たちの愛の誓いの日とされる。
現在日本では、4月14日にオレンジデーと称し、オレンジを贈りあう文化があるそうだが、まだまだ一般的ではない。
短篇集 バレンタイン
短篇集 バレンタイン
posted with amazlet on 07.03.14
柴田 元幸
新書館 (2006/06/01)
売り上げランキング: 134207
おすすめ度の平均: 4.5
4 不思議な小説集
4 訳しても通じるだろうという普遍性
5 少年柴田君、平成に登場! いや、学者柴田さん、あの頃に回帰!
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

「卒業おめでとう」
そういった言葉が、その学校には響き渡っていた。
本日、私は息子の卒業式へといってきた。中学校の卒業式だ。田舎の中学校ではあるが、やはり卒業式はどこでも、涙があふれるものなのだろう。
それにしても、卒業式はとても変わった。
まず、君が代の斉唱する声は聞こえにくくなった。
大きな声で歌うべき曲ではないが、やはり日本国歌、歌わなければ君が代も寂しいだろう。また、卒業といえば合唱だが、今と昔では、その曲も全く変わっている。
昔歌った歌を思い出してほしい。
私の学校では、寂しいもので「蛍の光」と「仰げば尊し」の二曲だった。今日聞いたのは、少し古いが「未来へ」。合唱曲なのであろう「旅立ちの日に」という2曲であった。時代の流れなのだろうか、いまの学校をめぐっても、仰げば尊しだけ!なんていう学校はあまり数はないだろう。
思い出の曲で決して忘れられないが、いつも歌いたい曲ではない。

さて、音楽といえば、最近よく音楽再生装置のCMを目にすることが多くなった。私の時代にはHDDと呼ばれるような記憶装置が無かったためだが、うらやましく見える。カセットテープなども、当時高かったが、現在では全く見ない。CDで音楽を聴いている人すら、最近になっては見なくなった。音楽も小型化が進んでいる。
そんななか、携帯電話にも、音楽再生機能がついている。電車では、イヤホンが伸びている先が携帯電話であったりして、少し驚くこともある。
最近では、音質が追求されることが多くなっている。
音楽をよく聴く人間と話すとき、音質が悪い曲は聴きたくないという人も多い。確かに音質が悪いのは耳障りだが、そこまで聴きたくないわけではない。
音楽は、最近の人間にとっての、心のよりどころとなっている面も大きい。
私自身も、音の無い世界は考えられない。寝るときも音楽をかけていないと、少し不安になる。
そんな音楽だが、作曲家がいないと、その音楽は誕生していないのだ。

たとえば、クラシックの音楽で、ベートーヴェンの月光という曲がある。
もちろん、それはベートーヴェンが作曲し、ベートーヴェンらしさがあふれている曲だろう。しかし、その曲が作られなければ、その月光という曲は、この世に存在していないことになる。すべての曲においてもそうだ。貴方の一番好きな曲は、作曲家というたった一人の存在によって生まれていることとなる。
それによる著作権の問題も、現在のテレビを見ていれば「おふくろさん」の騒動でその大切さがよく見えるだろうと思う。
しかし、そのひとつの曲が無かっただけで、世界はだいぶ変わってくると思える。
たとえば、のだめカンタービレというドラマがあった。
その内容は詳しくは知らないが、やはりあるクラシックの曲があったからそのドラマは完成していたのだ。しかし、もしかすると別の更にいい曲があれば、更にいいドラマになっていたかもしれない。
他の視点から見てみよう。
エルガーの威風堂々。
あの曲はしばしば行進曲として使われているが、あの曲がなければ、ここぞという時の行進曲はどうなっていたのだろうか。
なかなか面白い世界も創造できる。

音楽は、日常の隅々まで浸透している。
音楽とは、切っても切り離せない、大事な存在なのだろう。
「のだめカンタービレ」オリジナル・サウンドトラック
TVサントラ
ERJ (2006/12/06)
売り上げランキング: 6214
おすすめ度の平均: 3.0
4 あまりにもクラシックに夢中になりすぎて…
1 サウンドトラックではなかった・・・?
3 ドラマオリジナルの曲を収録。印象的なクラッシックおよびアレンジ曲は「のだめオーケストラLIVE!」のほうに収録。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。

たんすの数え方はご存知だろうか。
答えは「竿」。あんなものでも、釣竿のように「竿」と数える。日本には変な数え方をするものが多い。
英語では、どんなものであっても1なら「one」2なら「two」というように必ず決まった数え方をする。それに対する日本語は難しいといえるだろう。
しかし、よくよく見てみると、そのものの数え方にはもとがあったりして、実は面白い。たんすを竿と数えるのにも、何かが由来しているというのだ。

まず、英語では、上記のとおり、必ずone、twoなどの数字を用いるのだが、その複数にするものを、複数形といって別の形に変化させる。必ずしも変化するとは限らないが、変化するもののほうが圧倒的に多い。日本語にも、複数形はあるが、単数のものが複数に変わるときに別の形に変わるものは無く、「彼ら」、「私達」のように、なんらかの言葉が語尾につき、複数を示すようになる。
そこも英語と日本語の違いだ。
ただ、英語では、ものを数えるときに特別な数え方をするものが無い。
たとえば、お皿なら「one dish」という風になるのだが、日本語では、「一枚」と、数字とは別の言葉、助数詞がつく。日本語独特のものだが、それを正しく使わないと恥ずかしい。

動物は基本的に「匹」「頭」で数える。
匹は人間より小さい動物に、頭は人間より大きな動物に使うのが正しいようだ。
しかし、もちろん例外の動物もいる。
たとえば、ウサギ。
有名だが、数える際は一羽、二羽と数える。
その由来は、明治時代にウサギなどの獣を食べることを禁じられていた時代、ある人が「ウサギの耳は羽だから獣ではなく鳥だ」という主旨のことを言ったことが始まりで、現在でもその呼び方が伝わっているのだとか。
またカニやイカのようなものは「杯」で数える。
これは、イカやカニの形が、優勝トロフィーのような「杯」の形をしているために「杯」と数えるようになったのだとか。
昔の人は実にアバウトである。
そう見えるからそう呼ぶといった感じだ。
また、缶詰と缶ジュースにも数え方の違いがある。
缶詰など、中身が固体であるものは、「缶」「個」で数えるのだが、中身が液体であると、「本」と数えるのだとか。ちなみに空き缶は「個」で数えるのが正しいらしい。こう考えると、大雑把に見える助数詞だが、いちいち細かい。

さらに細かい分け方があるのは、空を見上げたときに浮かぶ雲。
ぽっかりと浮かぶ雲は「一つ、二つ」。千切れ雲などは「一片、二片」。雲のまとまりは「一塊、二塊」と数える。さらに、飛行機雲のような細長い雲は、「一本、一条、一筋」などと数える。
場合によっては「