3時のおやつは〜♪ なんていうCMソングが有名だが、
実際みんなが一番おやつを食べる時間帯は何時なのだろうか?
ORICON STYLEがリサーチしてみたところ、やはり総合第1位は「午後3時台」。
「おやつといえば3時のイメージ」といった“3時はおやつ”という固定概念的コメントももちろん多いが、それよりも目立ったのは「ちょうどお腹の空く時間帯だから」「小腹がすく時間だから」という意見。
ちなみに一番早い時間帯は「午前9時前」と答えた2名。
一番遅かった「深夜12時以降」と答えたのは8名であったそうだ。
ちなみに私は5時ごろがよい。
夕飯にも遠いし、昼飯からも遠いからだ。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。実際みんなが一番おやつを食べる時間帯は何時なのだろうか?
ORICON STYLEがリサーチしてみたところ、やはり総合第1位は「午後3時台」。
「おやつといえば3時のイメージ」といった“3時はおやつ”という固定概念的コメントももちろん多いが、それよりも目立ったのは「ちょうどお腹の空く時間帯だから」「小腹がすく時間だから」という意見。
ちなみに一番早い時間帯は「午前9時前」と答えた2名。
一番遅かった「深夜12時以降」と答えたのは8名であったそうだ。
ちなみに私は5時ごろがよい。
夕飯にも遠いし、昼飯からも遠いからだ。
今日、世間を楽しませているyoutube。
日本でも、アクセスは相当数あり、現在ではネット好きの若者などに人気だ。
JASRACとの問題が重要視されるが、もちろんその反対の声は大きい。
youtubeはgoogleに買収され、傘下企業となったが、今もその名を輝かせている。
そして、youtubeのURLを貼るだけでその動画を公開できるニコニコ動画。
これもまた一部で人気だ。
人気の理由は「落書きコメント」だろう。
コメントを書き込むことで、その動画中に表示させることができる。
もちろん人気の動画には大量のコメントがある。たまに文字で動画が見れなくなるほどのものもあったりする。
そのニコニコ動画が、22日夜より、DDoS攻撃によりニコニコ動画のサービスを一時停止している状態にあった。
が、ほぼ同時期にyoutubeより、ニコニコ動画からのアクセスの一部を遮断されていることが分かった。そのため、ニコニコ動画のサービスは一時閉鎖。
そして、新しいサービスの開発に取り掛かるそうだ。
1週間後を目標に新バージョンのニコニコ動画がリリースされる予定だという。
こういった動画サービスはいまや大人気となっている。
ブログでも、youtube上の面白い動画を紹介するサイトやブログが人気を集め、メディアでもしばしば取り上げられている。
こういう動画サービス、日本国内のサイトにも大量にある。が、youtubeが有名になりすぎて、すこし独占状態だ。
こういったサイトの問題点は、サーバーだろう。
動画がいくつもいくつもアップロードされるため、サーバーの負担が大きくなり、どんどん新しいサーバーが必要となる。
youtubeのサーバーの維持費は、月間1億円にも上るという。
ただ、人気サイトでアクセス数も多いために、広告収入で十分やっていける金額だという。
もちろん、人気も無いのに、どんどんと動画がアップロードされていくようなサイトは採算が取れなくなり、いずれ閉鎖に追い込まれてしまうだろう。
youtubeは日本に来て、その問題がいっそう深刻化した。
それが、著作権の問題だ。
日本では一昔前からネット上の著作権についても厳しい状態にある。
winnyなどのP2Pソフトもあったからだろうか。
そうでなくとも、JASRACは厳しい。
youtubeはいわば、向かい風を受けている状態だ。
そんなJASRACだが、ネットでは強く批判されている。
少し前の生演奏についても、JASRACが厳しく食いついた。
JASRACの行動は横暴とも取れる。
著作権の取締りよりも、どこか"文化つぶし"なところを見ることができるだろう。
著作権法に基づく行動はいいのだが、神経質というか、厳しいところがあるだろう。
文化は振興するもの。
大げさかもしれないが日本の文化はJASRACによって潰されるかもしれない。
【関連リンク】
ジャスラック ピアノ生演奏の店を訴える
JASRACがyoutubeに交渉
【参考リンク】
近況報告&サイト障害について
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。日本でも、アクセスは相当数あり、現在ではネット好きの若者などに人気だ。
JASRACとの問題が重要視されるが、もちろんその反対の声は大きい。
youtubeはgoogleに買収され、傘下企業となったが、今もその名を輝かせている。
そして、youtubeのURLを貼るだけでその動画を公開できるニコニコ動画。
これもまた一部で人気だ。
人気の理由は「落書きコメント」だろう。
コメントを書き込むことで、その動画中に表示させることができる。
もちろん人気の動画には大量のコメントがある。たまに文字で動画が見れなくなるほどのものもあったりする。
そのニコニコ動画が、22日夜より、DDoS攻撃によりニコニコ動画のサービスを一時停止している状態にあった。
が、ほぼ同時期にyoutubeより、ニコニコ動画からのアクセスの一部を遮断されていることが分かった。そのため、ニコニコ動画のサービスは一時閉鎖。
そして、新しいサービスの開発に取り掛かるそうだ。
1週間後を目標に新バージョンのニコニコ動画がリリースされる予定だという。
こういった動画サービスはいまや大人気となっている。
ブログでも、youtube上の面白い動画を紹介するサイトやブログが人気を集め、メディアでもしばしば取り上げられている。
こういう動画サービス、日本国内のサイトにも大量にある。が、youtubeが有名になりすぎて、すこし独占状態だ。
こういったサイトの問題点は、サーバーだろう。
動画がいくつもいくつもアップロードされるため、サーバーの負担が大きくなり、どんどん新しいサーバーが必要となる。
youtubeのサーバーの維持費は、月間1億円にも上るという。
ただ、人気サイトでアクセス数も多いために、広告収入で十分やっていける金額だという。
もちろん、人気も無いのに、どんどんと動画がアップロードされていくようなサイトは採算が取れなくなり、いずれ閉鎖に追い込まれてしまうだろう。
youtubeは日本に来て、その問題がいっそう深刻化した。
それが、著作権の問題だ。
日本では一昔前からネット上の著作権についても厳しい状態にある。
winnyなどのP2Pソフトもあったからだろうか。
そうでなくとも、JASRACは厳しい。
youtubeはいわば、向かい風を受けている状態だ。
そんなJASRACだが、ネットでは強く批判されている。
少し前の生演奏についても、JASRACが厳しく食いついた。
JASRACの行動は横暴とも取れる。
著作権の取締りよりも、どこか"文化つぶし"なところを見ることができるだろう。
著作権法に基づく行動はいいのだが、神経質というか、厳しいところがあるだろう。
文化は振興するもの。
大げさかもしれないが日本の文化はJASRACによって潰されるかもしれない。
【関連リンク】
ジャスラック ピアノ生演奏の店を訴える
JASRACがyoutubeに交渉
【参考リンク】
近況報告&サイト障害について
今日、女性差別をなくすために様々な努力が行われてきた。
男女雇用機会均等法、男女共同参画社会基本法、だが、天秤の上の女性側の皿に、最近少し分銅を乗せすぎたのではないかと囁かれる。
少し前にも、女性差別ととられる発言があった。
柳沢大臣の女性は産む機械発言。世間では批判は強かったが、一転、インターネット上では特に問題はないと言われてきた。
そんなときに、こういった文章が目に留まった。
「亭主元気で留守がいい」
私も、男なのでこういったことには反感を覚えたことがある。しかし、何を言っても最終的には馬の耳に念仏、つまり無駄だ。
そもそも、男女は仲良くすべきなのであって、喧嘩をするために作られたものでは無いだろう。そう自分に言い聞かせ、いつも我慢してきた。
女性は現在、一般生活では差別は完全に解消された。
そのために、「尻にひかれる」などといった言葉が生まれてきた。
つまり、女房関白のような時代が来ている。
夫婦関係はその夫婦が決めることで、細かいことについては言わないが、現在はそういった女房関白のような風潮が広まっている。
ある消臭剤のCMでも、「我が家の男はなんだかにおう」という発言もあった。
これは、「産む機械」などよりももっとひどい発言だと思う。
冒頭でも言ったように、女性側に傾いていた差別は、いまや男性側に傾いているような状況下にある。
これはやはりどうしようもしがたい風潮なのだろうか。
時代はいまや、「夫婦戦国時代」といったところか、下克上が強く広まってしまった。いや、もともと下克上だったのだが、女性が強くなったのだろう。
こういった男性差別だが、そういう風に感じないのは、やはりメディアがそれを報じないからだろう。
メディアが報じることは正しいという先入観が、とても強い。
ならば、報じたところで差別は解消されるのだろうか。
結論から言うと、差別はなくならないだろう。
一方の差別が無くなれば、またもう一方の差別が出てくる。
つまり、その中間にとどめておくための丁度いい重さの分銅が無いのだ。
これからの時代は、その分銅を作り出すのか、もしくはそういった差別などといわずに仲良くすることが最善だろうと思う。
女性差別をなくすための分銅は沢山作られてきた。
それはやはり過去の女性差別が強かったからだろう。
現代社会は男はダメだ、女はダメだなどといっている場合ではない。
もっと改善すべき問題は山積みなのだ。
男女差別などよりも生きるか死ぬかの環境だろうと思う。
日経
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。男女雇用機会均等法、男女共同参画社会基本法、だが、天秤の上の女性側の皿に、最近少し分銅を乗せすぎたのではないかと囁かれる。
少し前にも、女性差別ととられる発言があった。
柳沢大臣の女性は産む機械発言。世間では批判は強かったが、一転、インターネット上では特に問題はないと言われてきた。
そんなときに、こういった文章が目に留まった。
「亭主元気で留守がいい」
私も、男なのでこういったことには反感を覚えたことがある。しかし、何を言っても最終的には馬の耳に念仏、つまり無駄だ。
そもそも、男女は仲良くすべきなのであって、喧嘩をするために作られたものでは無いだろう。そう自分に言い聞かせ、いつも我慢してきた。
女性は現在、一般生活では差別は完全に解消された。
そのために、「尻にひかれる」などといった言葉が生まれてきた。
つまり、女房関白のような時代が来ている。
夫婦関係はその夫婦が決めることで、細かいことについては言わないが、現在はそういった女房関白のような風潮が広まっている。
ある消臭剤のCMでも、「我が家の男はなんだかにおう」という発言もあった。
これは、「産む機械」などよりももっとひどい発言だと思う。
冒頭でも言ったように、女性側に傾いていた差別は、いまや男性側に傾いているような状況下にある。
これはやはりどうしようもしがたい風潮なのだろうか。
時代はいまや、「夫婦戦国時代」といったところか、下克上が強く広まってしまった。いや、もともと下克上だったのだが、女性が強くなったのだろう。
こういった男性差別だが、そういう風に感じないのは、やはりメディアがそれを報じないからだろう。
メディアが報じることは正しいという先入観が、とても強い。
ならば、報じたところで差別は解消されるのだろうか。
結論から言うと、差別はなくならないだろう。
一方の差別が無くなれば、またもう一方の差別が出てくる。
つまり、その中間にとどめておくための丁度いい重さの分銅が無いのだ。
これからの時代は、その分銅を作り出すのか、もしくはそういった差別などといわずに仲良くすることが最善だろうと思う。
女性差別をなくすための分銅は沢山作られてきた。
それはやはり過去の女性差別が強かったからだろう。
現代社会は男はダメだ、女はダメだなどといっている場合ではない。
もっと改善すべき問題は山積みなのだ。
男女差別などよりも生きるか死ぬかの環境だろうと思う。
日経
近頃のニュースサイトなどでは、教師の小学生への性的犯罪が増えてきていることが目立つ。
最近のそういう犯罪を少し集めてみる。
音楽教師、小学生への強姦容疑で再逮捕
連続放火・強姦男に無期
わいせつ校長:小学生女子児童3人の下腹部触る
過去3日間でこの3件だ。
偶然かも知れないが、それだけ小学生に対する性犯罪の確立が高まっていることがわかる。それらの犯罪は防ぐ方法は無いのだろうか。
そういった犯罪は昔から再犯率が高いといわれている。
今回取り上げたニュースの一番上、音楽教師も今回、再逮捕となっている。
防ぐ方法といえば、犯罪者を元から断つことが必要となってくる。
断ち方には2通りあって、小学生など15歳未満に対する犯罪における罰則の強化。
もうひとつは、そういった、少し言いまわりは不適切になるかも知れないが、ロリコン趣味を持つものを雇わないことだ。
それぞれの問題点として、
一つ目については、罰則が強化されたといっても、犯罪に手を出さないとは限らない。ある程度の罰であっても、その伸ばした手が引っ込むとは考え辛いことだ。
そして、二つ目。
ロリコン趣味を持つものを見分けることができないことだ。
それに、ロリコン趣味を持つものであっても、必ずしも犯罪に走るわけではないというところだ。
すべてを解決することは難しいとしても、一部を改善することはある程度でも改善はできるはずだ。
これからの対策なども注目すべき点だろうとおもう。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。最近のそういう犯罪を少し集めてみる。
音楽教師、小学生への強姦容疑で再逮捕
連続放火・強姦男に無期
わいせつ校長:小学生女子児童3人の下腹部触る
過去3日間でこの3件だ。
偶然かも知れないが、それだけ小学生に対する性犯罪の確立が高まっていることがわかる。それらの犯罪は防ぐ方法は無いのだろうか。
そういった犯罪は昔から再犯率が高いといわれている。
今回取り上げたニュースの一番上、音楽教師も今回、再逮捕となっている。
防ぐ方法といえば、犯罪者を元から断つことが必要となってくる。
断ち方には2通りあって、小学生など15歳未満に対する犯罪における罰則の強化。
もうひとつは、そういった、少し言いまわりは不適切になるかも知れないが、ロリコン趣味を持つものを雇わないことだ。
それぞれの問題点として、
一つ目については、罰則が強化されたといっても、犯罪に手を出さないとは限らない。ある程度の罰であっても、その伸ばした手が引っ込むとは考え辛いことだ。
そして、二つ目。
ロリコン趣味を持つものを見分けることができないことだ。
それに、ロリコン趣味を持つものであっても、必ずしも犯罪に走るわけではないというところだ。
すべてを解決することは難しいとしても、一部を改善することはある程度でも改善はできるはずだ。
これからの対策なども注目すべき点だろうとおもう。
検定といえば、英語検定、漢字検定、数学検定など、さまざまな検定が日本にある。
その検定は、ある級をとれば履歴書に書くことができたりする資格の一つである。
最近、その検定に様々なものが現れ、世の中を騒がせている。
まず、ご当地検定として、しばらく前から評判になっているのが、京都検定だろう。
一年間で約3万人もの人がこの京都検定を受けている。
内容は、京都の歴史、方言、文化などが主に出題されている。京都に住んでいるものは楽だろうが、遠く離れたところから受けに来ている人は、ある程度の勉強が必要になるだろう。
そんなご当地検定だが、最初に行われたものは日本文化普及交流機構が行った博多っ子検定だそうだ。
ユニークなのは、明石のタコ検定だ。タコについて問われるようだ。
そういったご当地検定だけでなく、パソコン検定、最近では日本語検定などといったものも聞く。
これは、やはり日本人の学び好きがあるために検定が広がったのだろう。
様々なところに検定があふれている時代だ。どんな検定があったっておかしくは無いだろう。
ある程度の仕事に就こうと思えば、何らかの資格が必要になったりする。このようなこともあるので若いうちから試験を受け、資格を取るものが多いようだ。
また、自分の実力を知るためにこの検定を受けるものもいるそうだ。
帰国子女が英検を受けるという話も良く聞く。(英検の一級は外国人でも難しいものだという)
様々な検定が世の中に生まれていくなか、ユニークな検定を作り続ける会社がある。
それが、この株式会社ルートだ。
そこには、阪神タイガース検定や、水中生物検定、中には、セクハラ相談員初級認定講座なんてもの開催している。
実にユニークなので、勉強社会を引っ張っていく株式会社となりそうだ。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。その検定は、ある級をとれば履歴書に書くことができたりする資格の一つである。
最近、その検定に様々なものが現れ、世の中を騒がせている。
まず、ご当地検定として、しばらく前から評判になっているのが、京都検定だろう。
一年間で約3万人もの人がこの京都検定を受けている。
内容は、京都の歴史、方言、文化などが主に出題されている。京都に住んでいるものは楽だろうが、遠く離れたところから受けに来ている人は、ある程度の勉強が必要になるだろう。
そんなご当地検定だが、最初に行われたものは日本文化普及交流機構が行った博多っ子検定だそうだ。
ユニークなのは、明石のタコ検定だ。タコについて問われるようだ。
そういったご当地検定だけでなく、パソコン検定、最近では日本語検定などといったものも聞く。
これは、やはり日本人の学び好きがあるために検定が広がったのだろう。
様々なところに検定があふれている時代だ。どんな検定があったっておかしくは無いだろう。
ある程度の仕事に就こうと思えば、何らかの資格が必要になったりする。このようなこともあるので若いうちから試験を受け、資格を取るものが多いようだ。
また、自分の実力を知るためにこの検定を受けるものもいるそうだ。
帰国子女が英検を受けるという話も良く聞く。(英検の一級は外国人でも難しいものだという)
様々な検定が世の中に生まれていくなか、ユニークな検定を作り続ける会社がある。
それが、この株式会社ルートだ。
そこには、阪神タイガース検定や、水中生物検定、中には、セクハラ相談員初級認定講座なんてもの開催している。
実にユニークなので、勉強社会を引っ張っていく株式会社となりそうだ。
死刑について、今ではさまざまな議論が繰り返されている。
死刑については、以前2度このブログでも書かせていただいた。死刑賛成派は一通りしかいないが、反対派には、さまざまな反対があることをご存知だろうか。
死刑賛成派は、文字通り、死刑を賛成する人々のことで、死刑は人々への戒め、人間に罪を犯させないための鎖という考えを持つ人々だ。言い換えれば、少し過激な部分もあるが、死刑を廃絶させれば、日本は滅びるという人々だ。
反対に、死刑反対派は、死刑廃絶を強く訴えかける人々で、アムネスティ・インターナショナル(死刑廃絶運動を行う団体)などに所属している。冒頭で言ったように、死刑反対派は、この過激な罰を忌み嫌って言っている人だけではない。
死刑は甘すぎる。さらに強い罰を求める人々も、その反対派にはいるのだ。
つまり、死刑のように早く終わらせてしまってはダメだ。一生、苦痛を味わわせるのが正しいというのが、もうひとつの反対派の意見だ。
さて、ここで死刑になる罪は日本にどれくらいあるのだろうか、ということだ。
順を追ってあげてゆく。(刑法上、死刑になることがある罪)
第77条、内乱 第81条、外患誘致 第82条、外患援助 第108条、放火 第119条、出水 第199条、殺人 第240条、強盗致死傷 第241条、強盗強姦及び同致死
以上8つだ。
これを犯したからといって、必ずしも死刑になるとは限らない。
なぜかというと、まず殺した人数などにもよる。大量殺人などであれば、まず間違いなく死刑になる。理由にもよるが一人殺しただけでは死刑になることが少ない。
もうひとつは、刑法第39条の存在だ。
心神喪失及び心神耗弱。心神喪失者の行為は罰しないとされている。そこまでいかずとも、心神耗弱者の行為は減刑される。つまり最高刑である死刑は免れるということだ。
そんな内容を扱った小説が久坂部羊氏の「無痛」だ。心神喪失者の犯した罪というのが題材となっている。
なぜ、刑法は39条を存在させているのだろうか。人として平等に裁くのが法律というのではないのだろうか。
法律というのは、もともと平等というよりも、”弱いものの味方”という意識が強い。憲法にある人権もすべて、弱いものを助けるために作られた法律だといってもいいだろう。
裁判の状況を見ればわかる。心神喪失者が犯した罪。たとえどうあれ、自分の意識で犯した罪ではない。それに喰いかかる被害者の親族。どうみても弱い立場にあるのは心神喪失者とその親族だ。それを守るために39条がある。
だが、それが問題に発展することがある。
計画犯罪として、あらかじめ精神科医に通って理由付けを行う人間もいる。無罪を勝ち取るためだ。精神科医の診察結果一枚で、凶暴な殺人犯を無罪にしてしまうのだ。
39条は、刑法上で最も凶暴な法律だともいえるだろう。
そして、死刑を反対する理由にもなっているのが、冤罪だ。
一般に言う濡れ衣のことで、誤った証拠判断から犯人で無いものを加害者として裁判を行い、罪を着せられることだ。
裁判官や検事は法律のスペシャリストだ。といっても、神様ではない。失敗はある。その失敗をなくすために日本は三審制という、三回裁判を行うことができるのは、ご存知だろうと思う。
それでも、新たな証拠が無ければ、三回とも同じ判決ということだってもちろんある。それによって、死刑宣告されたものも少なくない。
このような冤罪があるために、死刑が反対されることもある。
冤罪を完全になくすことはまず不可能だろう。
これから先、司法の改革が進み司法試験が簡略化されたり、裁判員制度が導入されたりする。
裁判員制度では、一般の人が判決を下すきっかけになる。
死刑はもしかすると減るかも知れない。
しかし、冤罪は人間の心を読む機械、あるいは人が登場しなければ、不可能だろう。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。死刑については、以前2度このブログでも書かせていただいた。死刑賛成派は一通りしかいないが、反対派には、さまざまな反対があることをご存知だろうか。
死刑賛成派は、文字通り、死刑を賛成する人々のことで、死刑は人々への戒め、人間に罪を犯させないための鎖という考えを持つ人々だ。言い換えれば、少し過激な部分もあるが、死刑を廃絶させれば、日本は滅びるという人々だ。
反対に、死刑反対派は、死刑廃絶を強く訴えかける人々で、アムネスティ・インターナショナル(死刑廃絶運動を行う団体)などに所属している。冒頭で言ったように、死刑反対派は、この過激な罰を忌み嫌って言っている人だけではない。
死刑は甘すぎる。さらに強い罰を求める人々も、その反対派にはいるのだ。
つまり、死刑のように早く終わらせてしまってはダメだ。一生、苦痛を味わわせるのが正しいというのが、もうひとつの反対派の意見だ。
さて、ここで死刑になる罪は日本にどれくらいあるのだろうか、ということだ。
順を追ってあげてゆく。(刑法上、死刑になることがある罪)
第77条、内乱 第81条、外患誘致 第82条、外患援助 第108条、放火 第119条、出水 第199条、殺人 第240条、強盗致死傷 第241条、強盗強姦及び同致死
以上8つだ。
これを犯したからといって、必ずしも死刑になるとは限らない。
なぜかというと、まず殺した人数などにもよる。大量殺人などであれば、まず間違いなく死刑になる。理由にもよるが一人殺しただけでは死刑になることが少ない。
もうひとつは、刑法第39条の存在だ。
心神喪失及び心神耗弱。心神喪失者の行為は罰しないとされている。そこまでいかずとも、心神耗弱者の行為は減刑される。つまり最高刑である死刑は免れるということだ。
そんな内容を扱った小説が久坂部羊氏の「無痛」だ。心神喪失者の犯した罪というのが題材となっている。
なぜ、刑法は39条を存在させているのだろうか。人として平等に裁くのが法律というのではないのだろうか。
法律というのは、もともと平等というよりも、”弱いものの味方”という意識が強い。憲法にある人権もすべて、弱いものを助けるために作られた法律だといってもいいだろう。
裁判の状況を見ればわかる。心神喪失者が犯した罪。たとえどうあれ、自分の意識で犯した罪ではない。それに喰いかかる被害者の親族。どうみても弱い立場にあるのは心神喪失者とその親族だ。それを守るために39条がある。
だが、それが問題に発展することがある。
計画犯罪として、あらかじめ精神科医に通って理由付けを行う人間もいる。無罪を勝ち取るためだ。精神科医の診察結果一枚で、凶暴な殺人犯を無罪にしてしまうのだ。
39条は、刑法上で最も凶暴な法律だともいえるだろう。
そして、死刑を反対する理由にもなっているのが、冤罪だ。
一般に言う濡れ衣のことで、誤った証拠判断から犯人で無いものを加害者として裁判を行い、罪を着せられることだ。
裁判官や検事は法律のスペシャリストだ。といっても、神様ではない。失敗はある。その失敗をなくすために日本は三審制という、三回裁判を行うことができるのは、ご存知だろうと思う。
それでも、新たな証拠が無ければ、三回とも同じ判決ということだってもちろんある。それによって、死刑宣告されたものも少なくない。
このような冤罪があるために、死刑が反対されることもある。
冤罪を完全になくすことはまず不可能だろう。
これから先、司法の改革が進み司法試験が簡略化されたり、裁判員制度が導入されたりする。
裁判員制度では、一般の人が判決を下すきっかけになる。
死刑はもしかすると減るかも知れない。
しかし、冤罪は人間の心を読む機械、あるいは人が登場しなければ、不可能だろう。
飛行機や船、電車などは日々進化し、その姿を変えてゆく。少し前にも音速を超えるコンコルドと呼ばれる旅客機もあった。現在では、陸上においてハイスピードで移動を可能にするべく、リニアモーターカーの開発、一般化が進められている。万国博覧会、「愛・地球博」では、そのリニアモーターカーの実験的な運転もしていた。普通の電車と同じくらいのスピードで運転されていたが、音やゆれが殆どなく、非常に乗り心地のよい、正に”未来の乗り物”だった。
さて、飛行機や電車などは、今から500年ほどさかのぼるとその姿は影も形もないことはご存知だろう。船ならあったが、船といっても、自力で漕ぐ、極めて労力の使うものだった。自動で動くものの開発はなかなか進まなかった。というよりも、自動で動くという概念がなかったのかもしれないが、もちろん、そのころにも便利な道具はあっただろう。そんな中で、開発されたのが、蒸気機関で、全自動を作り出すことに成功した。
今から考えてみればその原理は極めて簡単になるが、それは今までになかった画期的で、素晴らしいものだった。その蒸気機関の開発からの発展は目覚しいものだった。あのペリーが使っていた黒船も、蒸気船だった。
そうして、開発が進められてゆく科学は、やがて戦争に用いられる兵器となってゆく。第一次世界大戦では、これまでに戦争に使われることのなかった戦車、簡易な飛行機を用いた。時代が第二次世界大戦にまで移ると、アメリカから日本まで飛ぶような、長距離を短時間で飛ぶ飛行機も開発された。
その後、日本も発展してゆき、ほんの50年ほどの間で、”不便は非科学的”とされるような時代が訪れた。それが、現在である。
世界が、”産業革命”をへて発展の一途をたどった。135年前にも世界を一周しようという試みはあったらしく、ジュールベルヌという人物が、「80日間世界一周」という著書を残している。当時、その時間で世界を一周できたのかはしらないが、その発展を象徴していた小説だろう。
現在では、音速をも超えるスピードを誇るものが次々と現れている。コレは早い。と指を指して示していれば、次々ともっと早い。が現れて、私達を追い越していくだろう。いずれ、100年もしないうちに、「24時間世界一周」という本が出版されるかもしれない。
社会は日々、刻々とその姿を変えてゆく。それこそ、音速のようなスピードで、だ。「あっ」と一言いっている瞬間には、新たな研究が次々と進められていくことだろう。
現在は中国の発展も注目だ。古い社会から、新しい社会へと移り変わるとき、これまでの”不便”は、新たな”便利”へと塗り替えられる。
いずれ地球という社会は発展し尽くして、”不便”という文字が辞書には存在しなくなるかもしれない。もしかすると、辞書さえも本という形ではないかもしれない。
さて、ここで質問だ。
”不便”のない社会の生活を、あなたは想像できるだろうか。
可愛さで部長に負けた、私のドメイン。さて、飛行機や電車などは、今から500年ほどさかのぼるとその姿は影も形もないことはご存知だろう。船ならあったが、船といっても、自力で漕ぐ、極めて労力の使うものだった。自動で動くものの開発はなかなか進まなかった。というよりも、自動で動くという概念がなかったのかもしれないが、もちろん、そのころにも便利な道具はあっただろう。そんな中で、開発されたのが、蒸気機関で、全自動を作り出すことに成功した。
今から考えてみればその原理は極めて簡単になるが、それは今までになかった画期的で、素晴らしいものだった。その蒸気機関の開発からの発展は目覚しいものだった。あのペリーが使っていた黒船も、蒸気船だった。
そうして、開発が進められてゆく科学は、やがて戦争に用いられる兵器となってゆく。第一次世界大戦では、これまでに戦争に使われることのなかった戦車、簡易な飛行機を用いた。時代が第二次世界大戦にまで移ると、アメリカから日本まで飛ぶような、長距離を短時間で飛ぶ飛行機も開発された。
その後、日本も発展してゆき、ほんの50年ほどの間で、”不便は非科学的”とされるような時代が訪れた。それが、現在である。
世界が、”産業革命”をへて発展の一途をたどった。135年前にも世界を一周しようという試みはあったらしく、ジュールベルヌという人物が、「80日間世界一周」という著書を残している。当時、その時間で世界を一周できたのかはしらないが、その発展を象徴していた小説だろう。
現在では、音速をも超えるスピードを誇るものが次々と現れている。コレは早い。と指を指して示していれば、次々ともっと早い。が現れて、私達を追い越していくだろう。いずれ、100年もしないうちに、「24時間世界一周」という本が出版されるかもしれない。
社会は日々、刻々とその姿を変えてゆく。それこそ、音速のようなスピードで、だ。「あっ」と一言いっている瞬間には、新たな研究が次々と進められていくことだろう。
現在は中国の発展も注目だ。古い社会から、新しい社会へと移り変わるとき、これまでの”不便”は、新たな”便利”へと塗り替えられる。
いずれ地球という社会は発展し尽くして、”不便”という文字が辞書には存在しなくなるかもしれない。もしかすると、辞書さえも本という形ではないかもしれない。
さて、ここで質問だ。
”不便”のない社会の生活を、あなたは想像できるだろうか。



